Begin Again

臨床心理士です。気の向くまま、思いつくまま綴っています。

青い鯉のぼりプロジェクト

連休中は故郷の山口県光市に帰ってきました。

2014年から光市の虹ヶ浜海岸で行われている「虹の鯉のぼりプロジェクト」。今年も行われていました。
きっかけは、2013年に浅江中学校の生徒らが宮城県東松島市に訪れ、 「シンサイミライ学校交流会」に参加したことではじまりました。

津波の犠牲となった子どもへの鎮魂の思いを込めた「青い鯉のぼりプロジェクト」をご存知ですか?

東日本大震災を忘れない為にも、そして中学生達の想いを受け継いでいくためにも、ここの地域では青い鯉のぼり以外の鯉のぼりを集め、 東松島市と空と海でつながっている虹ヶ浜に掲げています。

青い鯉のぼりプロジェクトはこうして始まりました。


2011 年3 月11 日14 時46 分1000 年に1 度と言われる大地震が東北地方を襲った。
内陸部は震度7を記録し、大地は大きく地割れし、太平洋沿岸部にはかつて経験した事の無い大津波で街は何もかも流されてしまい尊い命が何万と失われた。幸い仙台にいた僕、体調を崩して病院にいた父、学校にいたすぐ下の弟は無事だった…が、この津波で母、祖父、祖母は未だ行方不明。5歳の弟は遺体となって見つかった…。地震後必死に年老いた祖父母と幼い律を連れて津波から逃げた母。父との電話で話してる最中通話は突然切れた…

特徴が似てると連絡があり、遺体安置所に行くとそこには冷たくなった律が…
冷たくて動かないけれどその顔は本当に寝ているみたいだった。
夢だよね?これ覚めるんだよね?何度も自分に問いかけた。
まだ見つからない母や祖父母を探し、瓦礫をいくつも、いくつも避けても変わらない時間だけが過ぎて行くその風景の中で、泥だらけの「青い鯉のぼり」が出て来た…。


年の離れたかわいい伊藤家のアイドル!やんちゃで、お母さんが大好きで一時も離れない甘えん坊。
鯉のぼりは僕等上の兄弟の時より大きな本家からのプレゼント。
自分の鯉のぼりでもないのに喜んでたっけ…。
前日インターネットでフラダンスの動画を見て戯ける律は、
当たり前の日常を幸せと思わせてくれる。そんな笑顔だった。
その時確かに聴こえたんだ。
「健ちゃん!今年もお空に律の鯉のぼり高くあげてね」って…。
僕は家の仕事もそっちのけで鯉のぼりを近くの川で洗い、母や祖父母達への思いも乗せ次々と出て来た四匹の鯉のぼりを家の在ったあたりに空高く揚げた。
「律!見えるか!」
天高く揚げた鯉のぼりが喜んでるかのように風にのって体をくねらせ泳ぎ始めた。

鯉のぼりは天に昇って竜になりやがて伝説となる。
青い鯉のぼりは子鯉で「家族」のシンボル。

「青い鯉のぼりを弟の律や同じ東日本大震災で亡くなったこども達の為に、地震津波の心配の無い大空高くに揚げてください。
そしてもし不用になった「青い鯉のぼり」がありましたら私達に送ってください。私達の街や人々の復興のシンボルとして、そして亡くなったこども達が寂しくない様に沢山の青い鯉のぼりを空高く揚げたいと思います。」という主旨で始まったプロジェクトです。

(青い鯉のぼりプロジェクトFacebook参照)

山口県光市虹ケ浜海岸
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光市の皆さんの思い、私の思い、東日本大震災被災地の皆さん、亡くなった子供たちへ届くといいな。


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虹ケ浜の海は昔と変わらずきれいです。